本記事の位置付け
本記事は、株式会社トーカイ、株式会社もみの木、東京証券取引所、厚生労働省などが公表した資料をもとに、福祉用具M&Aの実務を当センターが独自に解説したものです。本件は当センターが仲介または助言を行った事例ではありません。公表されていない契約条件、従業員の移籍状況、個別の利用者契約、許認可・指定手続きの詳細などを推測で補うことはしていません。
トーカイの福祉用具M&A事例を調べるとき、注目したいのは、単に「大手が地域事業者を買った」という結論ではありません。2022年に株式会社トーカイは、愛知県豊川市の株式会社もみの木から、福祉用具貸与事業、福祉用具販売事業および住宅改修事業の一部を吸収分割で承継しました。公表資料には、対象事業の範囲、承継方法、対価、評価方法、地域戦略が比較的具体的に示されています。そのため、福祉用具会社の譲渡を検討する経営者にとって、「何が事業価値として見られたのか」「なぜ株式取得ではなく事業の一部を会社分割で承継したのか」「準備段階でどの情報を切り分けるべきか」を考える材料になります。
本記事では、参照データのMARR Online「トーカイ<9729>、もみの木から福祉用具貸与・販売事業と住宅改修事業の一部を譲り受け」(entry 37462)を入口にしつつ、数値と日程はトーカイが東京証券取引所を通じて開示した一次資料および同社の電子公告で確認しています。M&Aニュースの短い要約だけでは見えにくい、譲渡対象の線引き、DCF法による評価、事業継続の設計まで順に読み解きます。
トーカイの福祉用具M&A事例|もみの木との取引要点
最初に、公表資料から確認できる事実を一覧にします。ここで大切なのは、「株式会社もみの木の全株式を取得した事例」でも、「同社の全事業を譲り受けた事例」でもないことです。トーカイが承継したのは、もみの木の介護部が営む福祉用具貸与・販売事業等のうち、吸収分割契約で定めた権利義務です。公表文の表現は一貫して「一部」であり、会社そのものの買収と読み替えることはできません。
| 承継会社 | 株式会社トーカイ |
|---|---|
| 分割会社 | 株式会社もみの木 |
| 対象事業 | もみの木の介護部が営む福祉用具貸与事業、福祉用具販売事業および住宅改修事業の一部 |
| 取引方法 | もみの木を分割会社、トーカイを承継会社とする吸収分割。トーカイ側では会社法第796条第2項に定める簡易吸収分割 |
| 役員会決議日 | 2022年6月6日 |
| 契約締結予定日 | 2022年6月7日 |
| 効力発生日 | 2022年8月1日 |
| 対価 | 1億5,000万円の金銭 |
| 評価方法 | DCF法。公表された想定レンジは7,900万円から2億500万円 |
| 対象事業売上高 | 2億7,200万円(2021年3月期) |
| 分割会社売上高 | 3億1,100万円(2021年3月期) |
| 対象事業売上比率 | 87.5%。対象事業売上高を分割会社売上高で割った公表値 |
| 承継負債 | 公表時点では負債の承継を見込まないと記載 |
| トーカイの目的 | 中部地方における顧客基盤の拡大とシェア向上、競争力のある事業基盤への進化 |
トーカイの公式開示では、対象事業売上高は2億7,200万円、分割会社全体の売上高は3億1,100万円でした。一方、対象事業の営業利益は公表されていません。理由として、配賦が難しい本部経費があるため、承継事業については売上高だけを開示したと説明されています。したがって、公開された売上高と対価だけで「何倍で売れた」「利益に対して割高・割安だった」と断定することはできません。
この事例から最初に押さえる5つのポイント
- 会社全体ではなく事業の一部が対象であり、対象範囲を契約で切り分けていること。
- 福祉用具貸与・販売と住宅改修を一体として承継し、在宅介護の顧客接点をまとめて引き継ぐ設計だったこと。
- 現金対価1億5,000万円は、対象事業の将来キャッシュフローを基礎としたDCF法で検討されたこと。
- 同一地域で期待する効率化などの相乗効果が、トーカイの事業予測と評価に加味されたこと。
- 効力発生日に豊川営業所が開設され、承継後のサービス拠点が公式サイトで確認できること。
トーカイの福祉用具M&A事例|公表された時系列を確認
公表情報を時系列に並べると、役員会決議から効力発生日まで約2か月でした。ただし、この2か月だけで案件探索、初期協議、事業評価、条件交渉、デューデリジェンス、契約準備のすべてを行ったと考えることはできません。2022年6月6日は公表された決議日であり、それ以前の検討開始時期は開示されていません。
| 日付 | 公表された出来事 | 読み方 |
|---|---|---|
| 2022年6月6日 | トーカイの役員会が会社分割による承継を決議。適時開示を公表 | 対象、対価、評価方法、目的が外部へ示された日 |
| 2022年6月7日 | 吸収分割契約の締結予定日。吸収分割公告の日付 | 契約内容に基づく法的手続きが進む段階 |
| 2022年7月上旬まで | 電子公告で債権者の異議申述期間を案内 | 会社分割に必要な債権者保護手続きの一部 |
| 2022年8月1日 | 吸収分割の効力発生日 | 契約で定めた権利義務の承継日 |
| 2022年8月1日 | トーカイ豊川営業所が開設 | 対象三事業を提供する承継後拠点が公式サイトで確認できる |
役員会決議日、契約締結日、効力発生日はそれぞれ意味が異なります。決議後に情報が公表されても、その日から利用者の契約先や請求主体が変わるわけではありません。効力発生日までの期間に、法的手続き、行政対応、従業員・関係先への説明、システム移行、営業所準備などを進めます。
福祉用具事業者が自社のスケジュールを考えるときは、公表日から逆算するのではなく、希望する効力発生日から、指定・届出、契約、請求、利用者案内、従業員説明に必要な期間を逆算します。月初を効力発生日にすることには請求区切り上の分かりやすさがあり得ますが、本件で8月1日が選ばれた具体的理由は開示されていません。
トーカイの福祉用具M&A事例|公開数値で分かること・分からないこと
数字を三つの階層に分ける
本件資料には、トーカイ連結、もみの木全社、分割対象事業という三つの階層の数字が同じ表の中に登場します。階層を混同しないことが、事例分析の出発点です。トーカイの連結売上高1,234億8,400万円などは買い手全体の経営規模、もみの木の売上高3億1,100万円などは分割会社全体、対象事業売上高2億7,200万円は介護部門として承継される範囲を示します。
対象事業について公表された経営成績は売上高だけです。全社営業利益1,800万円を対象事業の利益として扱うことも、対象事業売上比率87.5%を全社利益へ掛けて推計値を事実のように示すこともできません。部門別利益を推定するには、貸与商品の調達、販売原価、住宅改修原価、人員、拠点、共通経費などの情報が必要です。
対価は「売上高に一定率を掛けた金額」ではない
対価1億5,000万円を対象事業売上高2億7,200万円で割る単純計算はできますが、その比率を福祉用具会社の売上倍率として使うことは適切ではありません。トーカイはDCF法を採用し、将来キャッシュフロー、修正事業予測、同一地域での相乗効果を評価に反映したと説明しています。公開資料は、売上高に一定倍率を掛けて対価を決めたとは説明していません。
仮に別の会社の売上高が同じでも、利益率、利用者継続、商品保有、従業員、人件費、紹介元、営業地域、コンプライアンス、買い手の既存拠点が異なれば、価値は変わります。また、株式譲渡では現預金や借入金も株主価値へ影響します。本件は負債を承継しない予定の事業承継であり、株式価値の比較対象ではありません。
想定レンジは感度を含む幅として読む
DCF評価の7,900万円から2億500万円というレンジは一点ではありません。将来予測や割引率等の前提が変われば評価も変わることを示す幅と考えられます。もっとも、どの前提をどの範囲で動かした結果かは公開されていません。対価1億5,000万円がレンジ内にあることは確認できますが、レンジの中央だから妥当、上限に近いから譲渡企業に有利、といった単純な評価はできません。
「業績への影響は軽微」と事業の重要性は別
トーカイは、本件が連結業績に与える影響を軽微と見込むと記載しました。これは同社の連結規模に対する財務的影響の説明です。地域戦略上の意味が小さい、承継実務が容易、利用者にとって重要ではないという意味ではありません。上場企業の連結数値では小規模でも、豊川地域の利用者、従業員、関係事業所にとっては日常サービスの承継です。
公開資料で確認できない主な事項
- 対象事業の営業利益、EBITDA、正常収益力
- 利用者数、貸与件数、解約率、紹介元別構成
- 商品ごとの保有・借受、稼働率、資産内訳
- 従業員の人数、移籍条件、継続状況
- 個別の利用者契約、仕入先契約、賃貸借の承継状況
- 割引率、予測期間、永続価値などDCFの詳細前提
- 表明保証、補償、競業避止、経営者の引継ぎ期間
- 介護保険事業者指定・請求切替の具体的手順
公開されていない情報を「通常はこうだから」と埋めると、事例の正確性を損ないます。本記事では、一般的な実務を説明するときは本件の事実と区別し、「同種取引で確認すべき事項」として記載しています。
MARR見出しの「譲り受け」と公式資料の「吸収分割」を区別する
トーカイの福祉用具M&A事例を報道から調べると、MARR Onlineの見出しには「事業の一部を譲り受け」とあります。「譲り受け」は、他社の事業を受け入れたという経済的な動きを簡潔に伝える言葉です。一方、トーカイの適時開示と電子公告が示す法的形式は、もみの木を分割会社、トーカイを承継会社とする吸収分割です。2022年8月1日を効力発生日として、吸収分割契約に定めた対象事業の権利義務をトーカイが承継しました。
したがって、本件を会社法上の「事業譲渡」と説明するのは正確ではありません。事業譲渡と吸収分割は、承継の仕組み、会社法上の手続き、契約や労働関係の扱いなどが異なる別の手法です。本記事のタイトルでは、指定された公開記事の表現に沿って「一部譲受」を用いていますが、本文では法的事実を明らかにするため「吸収分割による承継」「対象事業の一部を承継」と表記します。
表現を読み分ける三つの基準
- ニュース見出し:取引の経済的な結果を短く伝えるため、「譲り受け」「取得」など広い表現が使われることがある。
- 適時開示:取引方式、当事会社、承継範囲、対価、日程を確認する中心資料。本件では「会社分割(簡易吸収分割)」と明記されている。
- 電子公告:会社分割の実施、権利義務を承継する対象事業、効力発生日、債権者保護手続きの案内を確認できる。
「一部」という限定も落とさない
公式資料は、もみの木の福祉用具貸与、福祉用具販売、住宅改修の「事業全部」ではなく「事業の一部」と記載しています。さらに、承継対象は、対象事業に関する権利義務のうち吸収分割契約に定めるものです。公開資料だけでは個々の契約、資産、従業員、利用者関係がどこまで含まれたかを確認できません。そのため、「介護部門のすべてが無条件で移った」「もみの木自体がトーカイ傘下になった」と広げて解釈しないことが重要です。
自社案件ではスキーム名より承継表を先に作る
譲渡企業が会社全体ではなく福祉用具部門だけの承継を希望する場合、最初に、顧客契約、福祉用具、売掛金、従業員、取引先契約、事業所、電話番号、システム、個人情報、住宅改修の受注残などを一覧にし、「移す」「残す」「共用のため調整する」に分類します。その結果を踏まえ、株式譲渡、事業譲渡、会社分割のどれが目的に合うかを、法務・税務・労務・行政手続きの専門家と検討します。本件から学ぶべきなのは、会社分割という名前そのものではなく、対象事業を具体的な権利義務へ落とし込む設計です。
株式譲渡・事業譲渡・会社分割の違い
本件を自社へ応用するには、会社分割だけを見るのではなく、他のスキームと比較する必要があります。以下は一般的な特徴の整理であり、個別案件の法務・税務結論ではありません。会社形態、対価、対象資産、従業員、許認可、債権者、株主構成によって取扱いが変わるため、専門家と確認してください。
| 論点 | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 吸収分割 |
|---|---|---|---|
| 承継の基本 | 会社の株主が変わる。運営法人は同じ | 契約で定めた事業資産・契約等を個別に移す | 分割契約で定めた事業上の権利義務を承継会社へ移す |
| 一部事業の切出し | 事前の組織再編等をしない限り会社全体が対象 | 対象を選択しやすいが個別承継手続きが多くなり得る | 事業単位の包括的な承継を設計できる |
| 対価の受取人 | 通常は株主 | 事業を譲渡する法人 | 設計による。本件では分割会社が金銭を受領 |
| 従業員 | 雇用主は同じ法人のまま | 原則として個別承諾を得て移籍 | 労働契約承継法等に基づく手続きの確認が必要 |
| 契約 | 契約当事者は同じ。ただし支配権変更条項等を確認 | 相手方の承諾等を要する場合がある | 分割契約と法令に基づく承継。個別契約条件も確認 |
| 指定・届出 | 法人は同じでも代表者等の変更届を確認 | 運営法人変更に伴う新規指定等を早期確認 | 実質継続性を含め指定権者の取扱いを早期確認 |
| 主な注意点 | 不要事業、簿外債務、個人保証を含め会社全体を確認 | 承継漏れと同意取得、消費税・税務を確認 | 承継範囲、債権者・労働者保護、会社法手続きを確認 |
会社分割が常に最適とは限らない
本件で吸収分割が採用されたからといって、福祉用具事業の一部譲渡では常に会社分割が有利ということではありません。会社分割には会社法上の手続きと準備が必要で、税務上の適格・非適格、対価、資産・負債、債権者、労働契約などを検討します。対象が小さく契約数が限られる場合、事業譲渡の方が分かりやすいこともあります。
逆に、利用者・取引先・従業員・資産が多数あり、対象事業として一体で承継する必要がある場合、会社分割を検討する意義があります。大切なのはスキーム名から決めることではなく、「何を残し、何を移し、誰が対価を受け取り、いつから誰がサービスを提供するか」を先に整理することです。
候補先へ説明するために整えたい資料
公開事例を読んだ後に実務へ移るには、自社の事実を整理する必要があります。資料は最初から完璧でなくても構いませんが、候補先が事業の継続性と将来キャッシュフローを検討できる順序で準備します。個人情報を含む資料は、初期段階では集計・匿名化し、秘密保持契約と候補先の検討状況に応じて開示します。
| 分野 | 主な資料 | 確認する目的 |
|---|---|---|
| 会社・組織 | 登記、定款、株主、組織図、事業所一覧、許認可・指定 | 取引主体、意思決定、対象範囲を確認 |
| 財務 | 決算書、月次試算表、勘定明細、事業別売上・費用 | 正常収益力とキャッシュフローを確認 |
| 利用者 | 匿名化した利用者数、地域、種目、開始・終了、単価 | 継続収入、地域分布、解約、集中を確認 |
| 関係先 | 匿名化した紹介元別件数、主要取引先、委託先一覧 | 顧客基盤と関係依存を確認 |
| 商品 | 個体台帳、所有・借受区分、稼働・在庫・修理・消毒状況 | サービス継続に必要な資産・契約を確認 |
| 請求 | 国保連請求、返戻・過誤、利用者負担、未収、口座振替 | 収益の正確性と切替作業を確認 |
| 従業員 | 匿名化した人員、資格、役割、給与、勤続、担当範囲 | 人員基準、継続運営、採用課題を確認 |
| 住宅改修 | 案件台帳、受注残、申請、協力会社、保証対応 | 効力発生日をまたぐ責任と収支を確認 |
| 法務・品質 | 契約、事故・苦情、行政指導、訴訟、情報セキュリティ | 承継リスクと是正状況を確認 |
資料が不足しているときの進め方
部門別損益がない、商品台帳と会計台帳が一致しない、紹介元集計をしていないといった課題があっても、すぐに譲渡を断念する必要はありません。請求システム、給与、仕入、固定資産、銀行入出金など複数のデータを突き合わせ、何が確定値で何が推計かを明記します。重要なのは、不足を隠さず、再現可能な方法で整理することです。
候補先から質問を受けた後に初めて台帳を作ると、回答の遅れや数値不一致が不信につながります。初期相談の段階で資料一覧を作り、優先度の高いものから整えます。整備そのものが、現在の経営管理とサービス品質の改善にも役立ちます。
公開M&A事例から譲渡企業が学べる10のこと
1.「会社を売る」以外に一部事業を承継する選択肢がある
複数事業を営む会社では、すべてを一括で譲渡する必要はありません。後継者を探したい福祉用具部門だけを切り出し、不動産や別事業を残す設計も検討できます。本件は、もみの木の介護部門を中心とした事業の一部を会社分割で承継した公開例です。
ただし、一部事業の譲渡は全社の株式譲渡より準備が少ないとは限りません。共通の従業員、拠点、経理、電話、車両、システム、取引先をどちらに帰属させるかを決める必要があります。残す事業が承継後も運営できるか、切り出す事業が単独で継続できるかを両面から検証します。
2.譲渡対象を「一部」とするなら境界を具体化する
「福祉用具事業一式」という表現だけでは、何を引き継ぐのか決まりません。対象利用者、対象地域、対象拠点、対象従業員、対象商品、対象契約、対象データ、対象債権、対象債務、住宅改修の進行案件などをリスト化します。契約書には、承継するものだけでなく、承継しないものと境界案件の処理も定めます。
効力発生日までに新しく始まる貸与や終了する貸与、追加注文、修理、返戻、工事変更などで対象が動きます。基準日を決め、差分を更新する手順が必要です。静止画の一覧ではなく、クロージングまで更新される管理表として準備します。
3.部門別損益は価格交渉の共通言語になる
本件では対象事業の売上高は開示されましたが、本部経費の配賦が難しいことから対象事業利益は開示されませんでした。中小企業では珍しくない状況です。しかし、実際のM&A交渉では、候補先が将来キャッシュフローを予測するため、対象事業の収益構造を可能な範囲で再構成する必要があります。
売上を貸与、販売、住宅改修、保険外に分け、費用を直接費と共通費に分けます。経営者報酬、家族給与、関連当事者取引、私的費用、一時費用を調整する場合は、根拠資料を用意します。配賦基準を途中で都合よく変えず、候補先が再計算できる透明性を持たせます。
4.価格は過去売上だけでなく将来の運営像で決まる
トーカイは、事業計画を修正した将来予測と相乗効果をDCF評価に反映しました。譲渡企業が将来計画を提出するときは、希望的な市場成長率だけでなく、地域人口、要介護認定者、紹介件数、人員採用、貸与の開始・終了、単価、仕入、車両・システム投資など、運営実態に結びつけます。
買い手の相乗効果をすべて譲渡企業側の希望価格へ上乗せできるとは限りませんが、相乗効果を生む条件を説明できれば候補先の評価余地が広がります。既存拠点との近さ、営業エリアの補完、相談員の経験、ケアマネジャーとの関係、住宅改修体制など、自社単独の価値と買い手固有の価値を分けて整理します。
5.地域の関係性を数字と引継ぎ行動の両方で示す
「地域密着」を掲げるだけでは評価資料になりません。紹介元別の相談件数、継続期間、利用者の分散、営業エリア、対応時間、苦情、緊急交換などを、個人情報に配慮して集計します。同時に、経営者や特定担当者だけに依存している関係を洗い出します。
譲渡後の挨拶同行、担当者紹介、問い合わせ窓口の併設期間、主要関係先への説明順序を計画すると、関係性を運営へ落とし込めます。譲渡企業の経営者の協力期間と役割も、曖昧な「しばらく支援」ではなく、期間、日数、対象業務、権限、報酬を決めます。
6.指定と請求の切替を契約日程より先に考える
福祉用具貸与・販売は、行政の指定と介護保険請求が事業継続の前提です。スキームを検討するとき、税務や会社法だけでなく、指定権者の手続き、事業所番号、請求開始、運営規程、重要事項説明、人員基準を並行して確認します。
許認可・指定の前提が整わなければ、予定した日に事業を開始できないおそれがあります。クロージングの前提条件に必要な指定・届出を組み込み、行政相談の記録を残します。地域ごとに運用が異なり得るため、過去案件の経験だけで判断せず、今回の所管自治体へ確認します。
7.レンタル資産は簿価だけで評価しない
レンタル商品には、利用中で収益を生んでいるもの、在庫として待機しているもの、修理中、陳腐化、廃棄予定などがあります。簿価が同じでも、商品種目、年式、状態、稼働率、修理費、貸与価格上限、今後の需要によって価値が異なります。
自社所有と外部借受を分け、個体台帳と会計固定資産台帳を照合します。利用者宅にある現物を一斉に確認することが難しい場合は、納品記録、モニタリング、請求、回収履歴を突き合わせます。本件では承継資産の具体額が公表されていないため、この事例の対価を資産価格として解釈することはできません。
8.従業員の安心がサービス継続を左右する
福祉用具事業では、相談員の経験と地域関係が重要です。情報管理のため発表時期を慎重にする一方、直前まで何も伝えず不安を高めることも避けなければなりません。法的手続きに沿って、承継目的、買い手、雇用条件、勤務地、評価、業務方法、説明窓口を準備します。
残留・移籍の希望を確認し、退職リスクが高い役割には代替案を用意します。買い手も、標準化を一方的に進めるのではなく、現場から改善点と残すべき慣行を聞きます。従業員への説明は、利用者やケアマネジャーへの案内より先に行う必要がある場合が多く、漏えいリスクとのバランスを取ります。
9.住宅改修は「未完了案件」を丁寧に分ける
住宅改修は、相談から入金まで複数の段階があります。効力発生日現在の受注残について、見積り前、申請中、承認済み、施工前、施工中、完了、未請求、未入金、保証対応に分けます。売上計上、原価、前受金、協力会社への支払、保証責任を当事者間で決めます。
利用者の安全に関わるため、担当者変更で現場条件が抜けないよう、写真、寸法、図面、希望、ケアマネジャーとの協議内容を引き継ぎます。貸与商品と改修工事をセットで調整している案件は、片方だけが旧事業者に残らないよう確認します。
10.公開事例の価格を自社へ単純適用しない
公開事例は有用ですが、価格だけを切り取ると判断を誤ります。本件の1億5,000万円は、対象事業の将来キャッシュフロー、買い手の同一地域での相乗効果、当事者の協議を踏まえた結果です。対象事業利益や評価前提の詳細は非公表で、他社と条件をそろえた比較はできません。
自社の検討では、複数の評価方法と候補先を比較し、価格以外の条件も含めます。従業員雇用、利用者対応、商号、経営者保証、役員退職金、残存資産、引継ぎ期間、表明保証、補償上限などが最終的な手取りとリスクを左右します。
買い手がこの事例から学べる8つのこと
1.案件の目的を地域戦略と結びつける
トーカイは、中部地方の顧客基盤拡大とシェア向上という目的を明確にしました。買い手は、売上増加だけでなく、どの地域で、どの機能を補い、既存拠点とどう連携するかを投資委員会や経営会議で説明できる必要があります。
2.相乗効果をDCFに入れるなら実行責任を持つ
調達、配送、管理、システムなどの効率化は、計画しただけでは実現しません。実現時期、責任者、初期費用、従業員負担、サービス品質への影響を計画します。過大な相乗効果を価格へ反映すると、買収後に無理なコスト削減を迫る原因になります。
3.対象事業の単独運営可能性を確認する
譲渡企業の共通部門に依存していた経理、人事、IT、電話、倉庫などを洗い出します。買い手が代替できるまでの移行サービスが必要なら、内容、期間、費用、情報管理を契約化します。切り出した初日から何が不足するかを事前にテストします。
4.顧客基盤の質を複数の角度で見る
利用者数だけでなく、紹介元集中、解約、地域分布、担当者依存、貸与種目、価格、未収、苦情を確認します。特定の居宅介護支援事業所や一人の営業担当に依存している場合、承継リスクを計画に織り込みます。
5.行政相談を早期に始める
会社分割という法的スキームが決まっても、介護保険事業の指定と請求が自動的に解決するとは限りません。所管自治体、国保連合会、必要に応じて住宅改修の登録窓口へ相談し、営業開始日に必要な条件を整理します。
6.統合初日から利用者の問い合わせに答えられる体制を作る
電話窓口、商品交換、請求、口座、住宅改修、苦情を誰が受けるかを決め、想定問答を作ります。旧・新両方の窓口に問い合わせが来る前提で転送・連携ルールを用意します。
7.デューデリジェンスを現場で行う
財務・法務資料だけでなく、営業所、倉庫、車両、商品、消毒・保管、システム、請求実務を確認します。経営者への質問だけでなく、秘密保持に配慮しながら現場責任者の説明を受けることで、統合後に必要な作業が見えます。
8.買収後の評価を利用者価値まで広げる
売上、利益、利用者数だけでなく、納品までの日数、緊急交換、モニタリング、請求エラー、苦情、事故、従業員定着などを確認します。地域シェアが上がってもサービス品質が下がれば、長期的な事業価値は損なわれます。
福祉用具会社の事業承継チェックリスト
以下は、トーカイ・もみの木の公開M&A事例から読み取れる論点と、福祉用具事業の一般的な実務を合わせた確認表です。すべての案件で同じ書類が必要になるわけではありません。初期相談では一覧を使って不足情報を把握し、候補先への開示は秘密保持と段階開示を前提に進めます。
譲渡対象を決めるチェック
- 株式譲渡、事業譲渡、会社分割のどれを比較するか整理した
- 貸与、販売、住宅改修、保険外、不動産など事業別に残す・譲るを決めた
- 対象地域、対象拠点、対象利用者の基準日を決めた
- 対象従業員と共通業務を担当する従業員を分けた
- 対象資産、借受商品、在庫、車両、什器、保証金を一覧化した
- 対象契約、債権、債務、未処理案件、偶発債務を整理した
- 商号、屋号、電話番号、ウェブサイト、ドメインの扱いを検討した
- 残存会社が譲渡後も運営できるか確認した
財務・税務・評価のチェック
- 過去3期程度の決算書、勘定明細、申告書を準備した
- 対象事業の月次売上を貸与・販売・住宅改修等に分けた
- 対象事業の直接費と共通費を合理的に配賦した
- 経営者関連費用、一時費用、関連当事者取引を説明できる
- 未収金、返戻、過誤、貸倒れ、前受金を照合した
- レンタル資産台帳と固定資産台帳を照合した
- 事業計画を利用者数、単価、人員などの根拠から作成した
- 譲渡対価だけでなく税引後手取りと残存債務を試算した
利用者・請求・運営のチェック
- 利用者台帳と請求データ、商品台帳が一致している
- 契約、重要事項説明、貸与計画、モニタリング記録を確認した
- 月途中の開始・終了、入院、返戻などの例外を一覧化した
- 口座振替、未収、返金、請求締日の切替方法を決めた
- ケアマネジャー・関係機関への説明順序を決めた
- 故障、交換、回収の連絡先を切れ目なく切り替えられる
- 事故、苦情、リコール、修理待ちの継続案件を整理した
- 個人情報の開示・移行・旧データ削除の手順を決めた
指定・人員・設備のチェック
- 指定権者へスキームと効力発生日を事前相談した
- 新規指定、変更、廃止、更新など必要な手続きを確認した
- 福祉用具専門相談員と管理者の配置を確認した
- 事業所、倉庫、相談スペース、保管区分の基準を確認した
- 運営規程、重要事項、契約書、計画書の名義を更新する
- 業務管理体制、介護サービス情報公表等の手続きを確認した
- 国保連請求と事業所番号の切替テストを行う
- 自治体ごとの住宅改修・販売の登録や支払方法を確認した
従業員・取引先・統合のチェック
- 従業員への説明時期、説明者、個別相談窓口を決めた
- 雇用・労働契約の承継手続きと条件を専門家に確認した
- キーパーソンの継続意向と引継ぎ可能期間を確認した
- 仕入先、レンタル卸、修理・消毒委託先の契約を確認した
- 賃貸借、車両、電話、システムの承諾・再契約を確認した
- 住宅改修の受注残、保証、施工協力会社を案件別に整理した
- 統合初日、30日、100日の責任者と課題管理方法を決めた
- サービス品質と従業員定着を含む統合指標を決めた
この事例を自社の譲渡検討に生かす進め方
ステップ1:売却の目的と残したい条件を言語化する
まず、なぜ今譲渡を考えるのかを整理します。後継者不在、採用難、資金負担、経営者の健康、成長投資、別事業への集中など、背景によって候補先とスキームが変わります。価格だけでなく、従業員の雇用、利用者へのサービス、地域の取引先、社名、経営者の関与期間など、守りたい条件に優先順位を付けます。
ステップ2:会社全体と対象事業を分けて見える化する
複数事業がある場合、もみの木の事例のように部門を切り出す可能性を検討します。売上・費用・人員・資産・契約・データを事業別に分け、共通部分を特定します。対象事業だけで運営したとき不足する機能を確認し、買い手が用意するものと移行期間中に譲渡企業が提供するものを分けます。
ステップ3:匿名資料で候補先の関心を確認する
初期段階から社名、所在地、利用者情報を広く開示する必要はありません。地域、売上規模、事業構成、強み、譲渡理由を匿名化した資料で候補先の関心を確認します。秘密保持契約を締結し、候補先の資金力、同業運営力、希望条件を見ながら段階的に開示します。
ステップ4:複数候補の価格と承継案を比較する
提示価格だけでなく、対象範囲、スキーム、従業員、経営者保証、引継ぎ期間、契約条件、資金確実性、行政手続き、統合体制を比較します。同じ事業でも、既存拠点との相乗効果が大きい買い手は異なる評価をすることがあります。候補先ごとの前提をそろえて比較します。
ステップ5:基本合意後に詳細調査と切替計画を進める
財務・税務・法務だけでなく、利用者台帳、指定、請求、商品、消毒・保管、住宅改修、人員、個人情報まで確認します。問題が見つかった場合は隠さず、是正、価格調整、補償、実行条件などの方法を協議します。同時に、実行日から逆算した行政申請と現場切替計画を作ります。
ステップ6:最終契約と引継ぎを同じ設計図でつなぐ
最終契約では、対価、対象範囲、表明保証、補償、前提条件、競業避止、引継ぎ協力を定めます。契約書と現場の一覧が一致していることを確認し、クロージング後も課題管理を続けます。法的に移ったものと、実務上まだ切り替わっていないものを区別して管理します。
福祉用具会社の譲渡全体の進め方は、譲渡企業様向けの支援案内でも整理しています。対象となる福祉用具貸与・販売、住宅改修、介護用品卸などは、対応業種のページをご確認ください。
トーカイが公表した事業承継の目的を読み解く
中部地方の顧客基盤拡大とシェア向上
トーカイが本件の目的として明記したのは、中部地方における顧客基盤の拡大とシェア向上です。もみの木は愛知県内で地域に根差したサービスを提供し、顧客基盤を築いていました。トーカイにとって中部地方は既存の事業エリアであり、まったく新しい地域へ単独で進出する案件ではありません。同一エリア内で地域基盤を取り込み、既存事業と重ねて成長させる取引と読むことができます。
福祉用具貸与では、利用者宅への訪問、納品、調整、点検、交換、回収が継続的に発生します。営業所からの距離、配送ルート、緊急対応、倉庫やメンテナンス拠点との連携は、サービス品質とコストの両方に影響します。既存拠点と近い地域で利用者・関係先が増えれば、配送密度や担当配置を改善できる可能性があります。トーカイがDCF評価に「効率性の向上等の相乗効果」を加味したという記載は、こうした地域重複の経済性と整合します。
地域の信頼は看板だけでは引き継げない
一方、顧客基盤は名簿の移管だけで維持できるものではありません。ケアマネジャーが相談先を選ぶ際には、担当者の対応、納品の早さ、商品知識、住環境への理解、急な退院への対応、故障時の連絡、書類の正確さなど、積み重ねられた実務の評価が影響します。利用者や家族にとっても、担当者と事業所への安心感は重要です。
そのため、地域密着事業のM&Aでは、「顧客数を買う」という表現だけでは不十分です。誰が関係を担っているか、どの居宅介護支援事業所からどのような相談が来るか、対応が属人化していないか、引継ぎ面談が可能か、譲渡後もサービス水準を維持できるかまで確認します。本件の開示資料は統合施策の詳細を示していませんが、地域基盤を価値として挙げた以上、関係性の継続が実務上の中心課題だったと考えるのが自然です。ただし、個々の引継ぎ方法は非公表であり、本記事では推測しません。
貸与・販売・住宅改修をまとめて承継した意義
対象は福祉用具貸与だけではなく、福祉用具販売と住宅改修を含んでいました。在宅生活を支える現場では、用具一つで課題が解決するとは限りません。ベッドや車いす、手すり、歩行器などの選定と、段差解消、手すり設置、扉や床の改修などを組み合わせる場合があります。貸与・販売・住宅改修を一体で提案できれば、利用者の身体状況と住環境をまとめて捉えやすくなります。
事業価値の面でも、貸与は継続収入、販売と住宅改修は案件ごとの収入という異なる性質を持ちます。相談経路、営業担当、現地確認、図面・見積り、施工協力会社、保険給付の手続きなどが重なる部分もあります。三事業の一部をまとめて承継した点は、地域の在宅介護サービスとしてのまとまりを考える材料になります。ただし、この点は公表された対象範囲を踏まえた本記事の分析であり、買い手がスキームを選んだ理由として開示された事実ではありません。
既存ノウハウを持つ買い手だから評価できる価値
トーカイは、DCF法を選んだ説明の中で、福祉用具貸与・販売事業を長く営み、営業管理面で蓄積したノウハウがあることを挙げています。同業の買い手は、請求データ、利用者構成、商品構成、人員配置、紹介経路、配送、回収、消毒・保管などの情報を、自社の運営指標と比較できます。どこに改善余地があり、どの費用を共同化できるかを具体的に見積もりやすい点が、異業種の買い手との違いです。
譲渡企業にとっては、自社の強みを理解できる候補先を選ぶ重要性を示します。単純に最高価格を提示した候補先だけでなく、福祉用具専門相談員の仕事、ケアマネジャーとの連携、レンタル資産、住宅改修の施工体制、介護保険請求を理解し、承継後の運営像を描けるかを見極める必要があります。価格と事業継続の条件は、別々ではなく一つの提案として比較します。
福祉用具M&Aで実際に引き継ぐ現場業務
公開資料に記載された「権利義務の承継」を、福祉用具事業の現場に置き換えると、多数の切替項目があります。以下は本件で実際にどの項目が移管されたかを示すものではなく、同種取引で一般に確認すべき実務を整理したものです。個別案件では、契約、法令、自治体運用、当事者の合意を確認してください。
1.利用者と家族へのサービス継続
福祉用具貸与は、効力発生日を境に利用者の生活が止まるサービスではありません。特殊寝台、車いす、手すり、歩行器などは日常生活に組み込まれており、連絡先や請求主体が変わっても安全な利用を継続できることが最優先です。利用者・家族への案内では、事業者名、事業所番号、契約、利用料、口座振替、故障時の連絡先、モニタリング担当、個人情報の取扱いなど、実際に変わる事項と変わらない事項を分けて伝えます。
一方的に大量の通知を送るだけでは、内容が理解されないことがあります。高齢の利用者、認知機能に配慮が必要な利用者、家族が遠方にいる世帯など、連絡方法を個別に設計する必要があります。担当ケアマネジャーと案内時期を合わせ、疑問や不安を受け止める窓口を決めておくと、サービスの中断や誤解を防ぎやすくなります。
2.ケアマネジャーと関係機関への説明
福祉用具貸与計画は、居宅サービス計画との整合を図り、利用者だけでなく担当する介護支援専門員にも交付されます。事業者の切替では、居宅介護支援事業所に対し、担当者、連絡先、計画書、モニタリング結果の報告方法、請求開始月などを案内します。地域包括支援センター、医療機関、訪問看護、リハビリテーション職などとの連携がある場合も、必要な範囲で情報の流れを確認します。
ケアマネジャーとの関係は、売上の紹介経路というだけではありません。利用者の状態変化、入退院、サービス変更、住環境の課題を共有する支援関係です。M&Aの説明が営業的な挨拶だけに偏ると、現場の不安が残ります。担当者の継続可否、納品・回収の体制、緊急連絡、書類の提出先を具体的に伝えることが重要です。
3.利用者台帳・契約・計画・記録
引継ぎ対象となり得る情報には、利用者基本情報、認定情報、負担割合、担当ケアマネジャー、契約、重要事項説明、福祉用具貸与計画、選定理由、商品情報、納品日、モニタリング、修理・交換、事故・苦情、請求・入金などがあります。紙とシステムの双方にデータがある場合は、原本の所在、保存期間、アクセス権限、移行方法を決めます。
個人情報は、M&Aだから自由に共有できるわけではありません。交渉段階では匿名化・集計化し、候補先への開示範囲を段階的に広げます。実行時には、利用目的、契約上の地位、法令上の根拠、本人への案内、セキュリティを確認します。データ移行後も旧システムへの不要なアクセスが残らないよう、アカウント停止とログ管理まで含めて設計します。
4.介護保険請求と利用者負担
月をまたいで貸与が続く事業では、旧事業者と新事業者の請求をどの時点で区切るかが重要です。利用開始・終了、入院、死亡、種目変更、複数商品の貸与、負担割合変更、返戻・過誤などの情報が、切替時期に集中します。請求システムのマスター、商品コード、貸与価格、口座振替、未収金、返金、国保連合会からの通知を引き継ぎます。
請求の切替がずれると、二重請求、請求漏れ、利用者負担の誤り、返戻の増加につながります。移行月については、利用者単位で旧・新の請求主体を照合し、例外案件を一覧化します。公表資料では本件の請求切替方法は明らかにされていませんが、効力発生日が月初の8月1日に設定されたことは確認できます。月初日を選んだ理由は公表されていないため、請求実務上の都合だったと断定はできません。
5.事業者指定と行政手続き
福祉用具貸与・特定福祉用具販売は、指定を受けた事業者が人員・設備・運営基準に沿って提供するサービスです。運営法人が変わる場合の指定・届出の取扱いは、スキームと自治体によって確認が必要です。自治体の案内では、事業譲渡等で運営法人が別法人になる場合に新規指定を求める例があり、吸収合併・吸収分割では実質的な運営継続を条件に手続きの簡素化を案内する例もあります。
重要なのは、契約締結後に申請を始めるのではなく、初期段階で指定権者へ相談し、必要書類と期限を逆算することです。人員基準、管理者、事業所、倉庫、消毒委託、運営規程、重要事項、業務管理体制、介護サービス情報公表など、関連する手続きを一覧にします。本件ではトーカイ豊川営業所の開設年月日と事業所番号が公表されていますが、申請過程の詳細は公開されていません。
6.福祉用具専門相談員と管理者
地域顧客との関係やサービス品質を維持するには、福祉用具専門相談員、管理者、配送・回収担当、事務担当の体制が重要です。譲渡企業の経営者が主要な営業・選定・クレーム対応を一手に担っている場合、譲渡後の空白が大きくなります。業務分担、資格、雇用条件、勤続、担当利用者、引継ぎ可能期間を整理します。
事業譲渡では、労働契約の承継に原則として従業員本人の承諾が必要です。会社分割には別の法的枠組みがありますが、どの従業員が対象事業に主として従事するか、労働条件をどう説明するか、本人の意向をどう確認するかが重要である点は変わりません。本件で誰がトーカイへ移ったかは公表されていないため、具体的な人数や処遇を推測してはいけません。
7.レンタル商品・在庫・個体管理
福祉用具の一覧では、商品名だけでなく、商品コード、製造番号・管理番号、所有・借受の区分、利用者、設置場所、取得日、簿価、修理履歴、消毒状況、所在を確認します。利用者宅にある商品、倉庫の清潔品、回収後の未消毒品、修理中の商品、委託先保管品を同じ基準で照合します。
承継対象に含める資産と含めない資産を決めた後は、現物確認と台帳の一致が必要です。所有権が譲渡企業にない商品、リース中の車両、レンタル卸から借りている商品、メーカー貸出品は、契約上の承諾や再契約が必要になる場合があります。公表資料で承継資産の具体額が省略されている本件から、一般的な商品保有モデルを推測することはできません。
8.回収、消毒、点検、保管、再出庫
利用終了後の用具は、回収し、種類・材質に応じた方法で消毒し、点検・補修を行ったうえで再出庫に備えます。消毒・補修が終わっていない用具と清潔な用具を区分し、外部委託している場合は委託契約と実施状況を確認します。事業承継時には、回収依頼の未処理分、修理待ち、代替品、事故・ヒヤリハット、リコール対応なども引継ぎ対象です。
この工程が途切れると、必要な商品の出庫が遅れ、衛生・安全上の問題につながります。M&Aの実行日には、売上と契約だけでなく、商品が今どの工程にあるかを把握する「状態別在庫表」が役立ちます。商品管理システムが異なる場合は、コード変換と移行後の棚卸しを計画します。
9.仕入先・レンタル卸・修理委託先
福祉用具の供給体制は、自社保有だけで完結しないことがあります。メーカー、卸、レンタル卸、物流、消毒、修理など複数の取引先が関わります。基本契約、価格、締日、支払、保証、在庫、発注アカウント、貸与中商品の扱い、契約上の譲渡・承継制限を確認します。
買い手が既に取引関係を持つ場合でも、譲渡企業の条件が自動的に引き継がれるとは限りません。逆に、買い手の調達条件へ切り替えることで改善が期待できる場合もあります。DCF評価で相乗効果を加味するなら、どの時期からどの条件が実現可能かを保守的に見積もる必要があります。
10.住宅改修の受注残と施工責任
住宅改修では、相談、現地確認、見積り、理由書、申請、施工、完了確認、代金回収が案件ごとに進みます。効力発生日をまたぐ案件について、誰が施工し、誰が請求し、保証や補修に責任を持つかを決めます。施工協力会社との契約、見積りの有効期限、受領委任払いの登録、自治体手続きも確認対象です。
福祉用具貸与とのセット提案が多い場合、利用者台帳と工事台帳が別システムに分かれていることがあります。担当者だけが知る進捗を残さないよう、未着工、施工中、完了未請求、入金待ち、保証対応中に分けて一覧化します。本件が「住宅改修事業の一部」を含めたことは、こうした工事案件も承継範囲の設計対象だったことを示しますが、実際の受注残や保証条件は公表されていません。
11.商号、電話番号、拠点、車両、システム
地域の相談先として定着した電話番号、店舗名、所在地をどう扱うかは、継続率に影響します。賃貸借契約、看板、電話、FAX、ドメイン、メール、地図情報、車両、制服、帳票を切り替える日を統一します。旧名称を一定期間併記する場合は、誤認を招かない表現と期間を決めます。
本件では、承継後のトーカイ豊川営業所の所在地が、分割会社の本店所在地として開示された愛知県豊川市南大通四丁目13番地の1と一致します。これは公式ページで確認できる事実です。ただし、不動産の所有・賃貸関係や契約条件は開示されておらず、所在地が同じだから建物も取得したと判断することはできません。
12.切替後の100日計画
クロージングは終点ではなく、統合開始日です。最初の100日程度を目安に、利用者・関係先からの問い合わせ、請求エラー、商品台帳の差異、従業員の負担、配送遅延、仕入条件、住宅改修案件、苦情・事故を定期的に確認します。期間は案件により異なりますが、責任者、会議頻度、指標、是正期限を決める考え方が有効です。
同時に、旧会社の良い運営を残す視点も必要です。買い手の標準手順へ急いで統一すると、地域で支持されてきた柔軟な対応や関係性を損なうことがあります。法令・安全・情報管理は共通基準へ合わせつつ、地域特性を生かす余地を残すことが、承継後の定着につながります。
承継後の運営設計で確認したい指標
吸収分割の効力が発生しても、事業承継の成否がその日に確定するわけではありません。利用者が支障なく福祉用具を使え、従業員が新しい運営体制で働き、請求と商品管理が正しく回って初めて、承継した顧客基盤が守られます。本件の統合実績を示す詳細な指標は公表されていないため、以下は同種の福祉用具M&Aで譲受企業と譲渡企業が設計したい一般的な確認項目です。
| 領域 | 初日に確認すること | 初月以降に追うこと | 異常時の初動 |
|---|---|---|---|
| 利用者対応 | 緊急連絡先、訪問予定、未処理依頼の引継ぎ | 解約、問い合わせ、苦情、定期モニタリングの実施 | 利用者別の責任者を決め、ケアマネジャーと対応期限を共有 |
| 介護保険請求 | 事業所番号、請求主体、締日、返戻対応者 | 請求件数、返戻・保留、入金差異、自己負担回収 | 旧・新事業者のどちらが修正するかを特定し、記録を残す |
| 商品管理 | 貸与中、回収中、消毒中、修理中、出庫可能の数量 | 台帳差異、紛失、稼働率、交換・故障、配送遅延 | 現物確認と利用者台帳の照合を行い、安全に関わる差異を優先 |
| 従業員 | 所属、権限、勤務場所、当日の相談窓口 | 退職、欠勤、残業、担当件数、研修受講、業務負荷 | 本人面談と業務再配分を行い、利用者対応の空白を防ぐ |
| 紹介・連携先 | 重要な関係先への案内状況と担当者 | 相談件数、紹介元の継続、訪問・連絡履歴 | 変化の理由を確認し、地域担当者が経緯と今後の体制を説明 |
| 住宅改修 | 未着工、施工中、完了未請求、保証対応中の案件 | 工期遅延、原価差異、申請不備、入金、補修 | 案件ごとに契約・施工・請求・保証の責任主体を再確認 |
売上以外の先行指標を持つ
承継直後の売上は、効力発生前から継続している貸与契約によって一定期間維持されることがあります。そのため、売上だけを見て統合が順調と判断すると、利用者の不満、従業員の疲弊、紹介元との関係低下、請求エラーを見落とす可能性があります。問い合わせの未回答件数、定期訪問の遅れ、返戻理由、商品台帳の差異、退職意向など、将来の売上や安全へ先に表れる指標を組み合わせます。
基準値と集計範囲を承継前にそろえる
譲渡企業と譲受企業で「利用者数」「稼働商品」「解約」「紹介件数」の定義が異なると、承継前後の比較ができません。月中の利用、入院中の取扱い、複数商品の利用者、短期貸出し、売上計上時点などを定義し、どのシステムを正とするかを決めます。承継前の数か月分を同じ定義で再集計できれば、季節変動と統合による変化を分けて見やすくなります。
改善策に期限と責任者を結び付ける
指標に異常が出た場合は、原因、利用者への影響、暫定対応、恒久対応、責任者、期限を一つの課題表で管理します。たとえば返戻が増えた場合、単に件数を記録するだけでなく、資格情報、請求主体、商品コード、算定期間、負担割合など原因別に分類します。事業承継の契約書と現場の課題表をつなぎ、譲渡企業の協力が必要な事項は引継ぎ協力期間内に解消する設計が実務的です。
トーカイの福祉用具M&A事例|公開情報をどう裏取りしたか
MARR entry 37462は「調査の入口」として使用
MARR Onlineのentry 37462には、「トーカイ<9729>、もみの木から福祉用具貸与・販売事業と住宅改修事業の一部を譲り受け」という見出しと、2022年6月6日という日付が掲載されています。この情報から当事会社、取引時期、対象事業の概略を把握できます。ただし、ニュース記事は要約です。記事で扱う金額、事業範囲、スキーム、評価方法は、要約だけに依存せず、同日付の適時開示資料で確認しました。
中心資料はトーカイの適時開示
最も情報量が多い一次資料は、トーカイが2022年6月6日に公表した「会社分割(簡易吸収分割)による事業の承継に関するお知らせ」です。ここには、取引目的、日程、方式、対価、承継する権利義務、DCF法による算定の考え方、両社の概要、対象事業の売上高が記載されています。トーカイの総資産の変動額が直前事業年度末の純資産額の10%未満で、売上高の変動額も直前事業年度売上高の3%未満と見込まれたため、開示事項の一部が省略されたことも明記されています。
この「一部省略」は、取引が簡単だったという意味ではありません。上場会社の適時開示で公表される情報量が一定の基準により限定されたということです。非公表の契約別紙、利用者ごとの対応、従業員の処遇、仕入先・委託先の同意取得などは、公開資料から確認できません。事例記事を読む際には、「書かれていないこと」と「行われなかったこと」を混同しない姿勢が必要です。
電子公告で効力発生日と承継対象を再確認
2022年6月7日付の吸収分割公告では、トーカイが、もみの木の福祉用具貸与事業、福祉用具販売事業および住宅改修事業の一部に関する権利義務を承継すること、効力発生日が同年8月1日であることが公告されています。公告には、債権者が異議を申し出る期間や、もみの木の決算公告も掲載されました。適時開示と公告の双方を照らすことで、見出しだけでは分かりにくい「吸収分割による権利義務の承継」であることを確認できます。
豊川営業所の開設情報で承継後を確認
トーカイの2022年トピックスには、効力発生日と同じ2022年8月1日に「豊川営業所が新規オープンしました」と記載されています。現在の豊川営業所ページには、所在地が愛知県豊川市南大通四丁目13番地の1、開設年月日が2022年8月1日、提供サービスが福祉用具貸与、福祉用具販売、住宅改修であることが掲載されています。これは、適時開示で予定されていた日付と承継後の営業拠点が整合する公表情報です。
ただし、営業所の開設を根拠に、個別の契約がすべて同日に無条件で移管された、全従業員が移籍した、すべての利用者が継続した、とまでは言えません。本記事では、確認できる事実を「営業所が同日に開設された」ことまでに限定します。
承継会社トーカイと分割会社もみの木
トーカイは在宅介護を支えるシルバー事業を全国展開
トーカイは、病院リネンサプライなどの病院運営周辺業務、宿泊施設等への寝具類の貸与、福祉用具の貸与・販売、環境美化用品の貸与・販売などを展開する企業です。本件発表時の適時開示によれば、同社のシルバー事業は1996年から福祉用具の貸与・販売および住宅改修などの在宅介護支援を行っていました。2022年6月時点では、連結対象子会社を含め、東北、関東、中部、関西、中国、四国、九州に合計73か所の事業拠点を展開していたと説明されています。
福祉用具事業における全国または広域展開は、単に営業所の数を増やすことではありません。商品選定、納品・適合、利用中のモニタリング、交換・修理、回収、消毒・点検、再出庫、介護保険請求まで、地域ごとの日常運営を継続できる体制が必要です。トーカイの公式サービス案内でも、福祉用具サービス計画、利用者と家族への説明、ケアマネジャーへの計画書交付、機能や価格が異なる複数商品の提示などが案内されています。買い手が既に同種事業の運営ノウハウを持っていたことは、本件の評価と統合を考えるうえで重要です。
もみの木は愛知県内で地域密着の顧客基盤を形成
適時開示によれば、もみの木は1989年5月設立で、愛知県豊川市に本店を置き、福祉用具貸与、福祉用具販売、住宅改修に加えて、不動産の売買、賃貸、管理、仲介などを営んでいました。トーカイは、もみの木が愛知県内で同様の事業を展開し、地域に根差したサービス提供によって顧客基盤を築いていたと評価しています。
ここでいう顧客基盤は、利用者数だけを意味するとは限りません。福祉用具事業では、利用者と家族、ケアマネジャー、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター、医療機関、仕入先、レンタル卸、住宅改修の施工協力会社などとの関係が、日々の相談と受注を支えています。もっとも、本件でどの関係先がどの条件で引き継がれたかは公表されていません。公表資料から確実に言えるのは、トーカイが地域密着のサービスと顧客基盤に価値を認め、中部地方での拡大につなげようとしたことです。
「介護部」の事業を対象にした意味
開示資料は、承継する事業部門を「もみの木の介護部が営む福祉用具貸与・販売事業等」と記載しています。分割会社には不動産関連事業もあり、会社全体のうち介護部門を切り出す取引でした。この構造は、複数事業を営む会社が一部事業のみを譲渡するときの典型的な検討課題を示します。
事業の一部を切り出すには、売上、費用、人員、資産、契約、データ、知的財産、商号・屋号、電話番号、賃貸借、車両、在庫、預り書類などを「対象」「対象外」「共通」に分ける必要があります。経理上は一つの会社でも、M&Aでは譲渡対象事業だけの収益力と運転方法を説明できなければなりません。本件では対象事業の売上高は公表された一方、本部経費の配賦が難しいため営業利益は開示されませんでした。この点は、中小企業が部門別損益を整える重要性をよく表しています。
トーカイの福祉用具M&A事例|なぜ簡易吸収分割だったのか
株式譲渡と事業の承継は対象が異なる
株式譲渡では、原則として会社の株主が変わり、会社そのものは存続します。会社が保有する資産・負債や契約上の地位は、株主が変わっただけで直ちに別法人へ移るわけではありません。これに対し、事業譲渡や会社分割で一部事業を承継する場合、何を承継対象に含めるかを定め、対象事業を既存法人から別法人へ移します。
もみの木には介護部門以外の事業もありました。公表された承継対象は、同社全体ではなく、愛知県内の福祉用具貸与・販売・住宅改修事業の一部です。対象事業に関する権利義務を切り出せることは会社分割という手法の特徴ですが、公式資料は本件で同手法を選んだ全理由を詳述していません。「不動産事業を除外するためだけに会社分割を選んだ」など、開示されていない動機を断定すべきではありません。
吸収分割で契約上定めた権利義務を承継
本件は、もみの木を分割会社、トーカイを承継会社とする吸収分割です。新会社を設立する新設分割ではなく、既存のトーカイが承継主体になりました。開示資料によれば、トーカイは、効力発生日において、もみの木が愛知県で展開する対象事業に関して有する権利義務のうち、吸収分割契約に定めるものを承継するとされています。
この「契約に定めるもの」という表現が重要です。会社分割だから対象事業に関する一切が自動的に移る、と考えるのは正確ではありません。承継対象は分割契約の設計に左右されます。また、介護保険事業者の指定、利用者との関係、個人情報、従業員、賃貸借、取引先契約などには、それぞれ個別の法令・契約・行政実務が関係します。会社法上の包括承継という言葉だけで、現場の切替手続きが不要になるわけではありません。
「簡易」は事業引継ぎ全体が簡単という意味ではない
トーカイ側では、本件は会社法第796条第2項に定める簡易吸収分割に該当し、株主総会の承認手続きを経ずに行う予定とされました。ここでの「簡易」は、一定の条件を満たす承継会社側の会社法上の手続きに関する区分です。利用者への案内、サービス計画、請求、行政への事前相談、契約・データ・人員の引継ぎまで簡略化されるという意味ではありません。
福祉用具事業は、月をまたいで貸与が継続し、利用者の安全に直結するサービスです。効力発生日を決めた後も、誰がいつ利用者へ連絡するか、ケアマネジャーへどの情報を共有するか、旧事業者と新事業者の請求をどう区切るか、緊急交換の連絡先をどう切り替えるかを詰める必要があります。法的スキームが決まった後に、現場用の切替計画を別途作ることが欠かせません。
現金対価であり株式の割当てではない
トーカイは、会社分割の対価として、もみの木に1億5,000万円の金銭を交付する予定としました。新株予約権・新株予約権付社債の取扱いは該当せず、トーカイの資本金も増減しないとされています。つまり、対象事業を承継する対価として金銭を支払う構成であり、もみの木の株主にトーカイ株式を交付する取引ではありません。
譲渡企業側では、対価を誰が受け取るかもスキームによって異なります。株式譲渡なら通常は株主が譲渡対価を受け取り、事業譲渡や会社分割で金銭対価を用いる場合は法人が受け取る構造になります。その後の資金利用、残存事業、債務返済、株主への還元、税務は別途設計が必要です。本件の公表資料は、もみの木が受け取った対価をその後どのように使ったかまでは示していません。
対象事業2億7,200万円の売上と1億5,000万円の対価をどう読むか
対象事業売上は会社全体の87.5%
2021年3月期のもみの木の売上高は3億1,100万円で、そのうち分割対象事業部門の売上高は2億7,200万円、比率は87.5%でした。介護部門が会社売上の大きな割合を占めていたことは分かりますが、対象事業の利益、利用者数、貸与件数、商品構成、住宅改修の受注残、ケアマネジャー別の紹介状況などは開示されていません。
また、会社全体の営業利益1,800万円、経常利益2,200万円、当期純利益1,200万円は、もみの木全社の数値です。対象事業だけの利益ではありません。全社利益をそのまま対象事業の利益とみなし、対価との倍率を計算するのは不適切です。対象事業売上高が全社の87.5%だから利益も同じ比率である、と仮定することもできません。事業ごとに粗利率、固定費、共通経費、必要人員が異なるからです。
DCF法は将来キャッシュフローを現在価値に換算する方法
トーカイは、対象事業によって将来得られる見込みキャッシュフローに基づいて価値を評価するDCF法を採用しました。基礎としたのは、もみの木から提示された事業計画に、会社分割の影響などを踏まえてトーカイが修正を加えた事業予測です。さらに、承継する事業エリアがトーカイの既存エリアと同一であることから、効率性の向上などの相乗効果も算定に加味したと説明されています。
これは、地域の福祉用具会社を評価するとき、過去の決算だけでなく、承継後に買い手の体制で生み出せるキャッシュフローも検討対象になり得ることを示します。たとえば、近隣拠点との配送連携、商品調達、倉庫・消毒体制、管理業務、採用・教育、営業支援などが効率化すれば、単独経営時とは異なる収益構造になる可能性があります。ただし、本件でどの施策をどれだけ数値化したかは公表されていません。
評価レンジの中で1億5,000万円に合意
開示されたDCF法の想定レンジは7,900万円から2億500万円で、当事者間の協議により対価は1億5,000万円に決定されました。1億5,000万円は公表レンジ内にあります。しかし、レンジの下限・上限を決めた割引率、永続成長率、予測期間、運転資本、設備投資などの具体的な前提は開示されていません。そのため、第三者が同じ数字を再計算することはできません。
譲渡企業がこの事例を自社の価格目安としてそのまま使うのは危険です。事業価値は、地域、利用者構成、貸与と販売の比率、レンタル資産の保有形態、人員、紹介経路、解約率、仕入条件、住宅改修の体制、コンプライアンス、買い手との相乗効果などで変わります。公開事例の対価は「同じ売上なら同じ価格」という相場表ではなく、どの前提を整理すべきかを学ぶ材料として使うのが適切です。
資産の見込み額は僅少、負債は承継しない予定
トーカイは、吸収分割契約で定める資産、負債、契約上の権利を承継するとしたうえで、承継資産の金額の見込みが僅少で、当時は算定額の確定が難しいため具体額を省略しました。また、負債の承継は見込んでいないと記載しています。
この記載だけから、対象事業が「資産を持たない」「レンタル商品をすべて外部から借りていた」と判断することはできません。どの福祉用具、在庫、車両、什器、保証金、売掛金などが承継対象だったかは分割契約の内容によります。公開されていない内訳については、複数の可能性を挙げることはできても、事実として断定できません。
譲渡企業は部門別損益とキャッシュフローを準備する
本件のように複数事業の一部を譲渡する場合、候補先からは、対象事業だけの売上、売上原価、人件費、外注費、車両費、賃料、システム費、貸倒れ、共通経費などの説明を求められます。会計上の部門管理が十分でなくても、請求データ、給与台帳、仕入台帳、契約一覧、拠点別費用を組み合わせ、合理的な基準で再構成することは可能です。
特にDCF法では、売上予測だけでなく、将来の費用、運転資本、設備投資、税負担などを反映したキャッシュフローが必要です。希望価格を先に置いて数字を合わせるのではなく、利用者数、貸与単価、解約、販売、住宅改修、紹介件数、人員計画などの事業ドライバーから予測を組み立てることが、価格交渉の信頼性を高めます。
1億5,000万円の吸収分割を承継明細へ落とす実務照合
公開資料で確認できる本件固有の事実:対象は、もみの木の介護部が営む福祉用具貸与事業、福祉用具販売事業および住宅改修事業の一部であり、吸収分割契約に定めた権利義務をトーカイが承継する取引です。効力発生日は2022年8月1日、現金対価は1億5,000万円、DCF法による想定レンジは7,900万円から2億500万円、対象事業の売上高は2億7,200万円です。開示時点では承継資産の見込み額は僅少、負債の承継は見込んでいないと説明されています。以下は、この開示を同種案件の作業へ展開した一般的な実務上の示唆であり、非公開の分割契約別紙の内容を推測するものではありません。
「事業の一部」を名称ではなく六つの明細で確定する
承継対象を「介護部」や「福祉用具事業」とだけ書くと、境界にある取引を判断できません。実務では、利用者・契約、貸与品・在庫、仕入先・再レンタル、従業員、拠点・車両・設備、住宅改修の進行案件という六つの明細を作り、各行へ承継・非承継・要同意・効力日後に精算のいずれかを付けます。もみの木には不動産関連事業も記載されているため、共通の電話、事務所、預金口座、保険、会計システム、管理人員をどちらへ残すかも切り分けが必要です。部門名と契約別紙、現場台帳の三者が一致して初めて、「一部」の範囲を利用者と従業員へ説明できます。
資産僅少・負債承継なしを、現物なし・責任なしと読み替えない
適時開示は、承継資産の金額の見込みが僅少で、負債の承継を見込んでいないとしています。しかし、これは福祉用具、在庫、契約、データ、修理中の商品が存在しないことや、効力日前のサービスに関する責任が消えることを意味しません。同種の吸収分割では、自社所有品、再レンタル品、利用者宅にある品、倉庫待機品、回収・消毒中の品を個体番号で棚卸しし、所有者と使用者、簿価、月額原価、回収責任を記録します。負債を承継しない設計でも、未請求、返戻、利用者預り金、未払仕入、事故対応、住宅改修の補修について、どちらが処理し費用を負担するかを分割契約と精算合意へ落とします。
2億7,200万円の対象売上を効力日前後で切り離す
対象事業売上はもみの木全体の2021年3月期売上高3億1,100万円の87.5%に相当しますが、この比率は公表された一時点の売上比較です。8月1日の実行時にそのまま同じ構成であったことや、同率の利益・資産が移ったことまでは示しません。承継実務では、7月31日までと8月1日以後を利用者別に区切り、サービス提供月、請求主体、利用者負担の回収、販売品の引渡し、住宅改修の完成・請求を照合します。前年実績との比較では、対象外事業の混入、共通経費の配賦、季節性、新規・終了利用者の入替えを注記し、DCFに用いた基準売上と実際に引き継いだ売上母集団を結びます。
7,900万円から2億500万円のレンジを承継後KPIへ戻す
本件ではトーカイが事業計画を修正し、同一地域での事業展開による相乗効果も織り込んだと開示されています。したがって、同種案件でDCFへ近隣拠点との配送連携、共同調達、管理業務の集約、紹介増などを含める場合は、効果ごとに開始時期、担当者、初期費用、実現条件を置く必要があります。効力発生日後は、利用者継続率、新規紹介、納品時間、再レンタル原価、倉庫費、相談員配置、返戻、住宅改修の粗利を月次で計測し、単独継続ケースと統合施策実施ケースを比較します。公表レンジは本件の評価結果であり、他社の価格帯ではありませんが、価格に含めた相乗効果を実行計画へ戻すという管理方法は応用できます。
8月1日の営業所開設情報と契約上の完了を別々に確かめる
トーカイの公式情報では、効力発生日と同じ2022年8月1日に豊川営業所が開設されています。これは地域拠点を確認する手掛かりですが、個別の移行結果を示すものではありません。完了判定では、指定、契約、請求、商品台帳、人員配置を個別に確認します。公告上の効力発生、営業所開設、介護保険実務の安定稼働を分ければ、「簡易」を現場作業も容易だったという意味へ誤読せずに済みます。
トーカイの福祉用具M&A事例についてのFAQ
Q1.トーカイは株式会社もみの木を買収したのですか。
A.公表資料上は、もみの木の株式を取得した案件ではありません。もみの木を分割会社、トーカイを承継会社とする吸収分割により、もみの木の介護部が営む福祉用具貸与事業、福祉用具販売事業および住宅改修事業の一部に関する権利義務のうち、分割契約に定めたものを承継した案件です。もみの木には不動産関連事業も記載されており、会社全体を取得したと表現するのは正確ではありません。
Q2.1億5,000万円は福祉用具会社の売却相場として使えますか。
A.そのまま相場として使うことはできません。本件の対価は、対象事業の将来キャッシュフローに基づくDCF法、当事者が示した事業計画、トーカイによる修正、同一地域での効率化などの相乗効果を踏まえて決定されています。対象事業の営業利益、利用者数、資産内訳、割引率などは公表されていません。自社の地域、収益、人員、資産、リスク、候補先との相乗効果を個別に評価する必要があります。
Q3.会社分割なら介護保険事業者の指定も自動で移りますか。
A.自動で移ると一律に判断すべきではありません。スキーム、実質的な事業継続、所管自治体の取扱いにより、必要な申請・届出が異なります。事業譲渡で運営法人が変わる場合に新規指定を求める自治体例や、吸収合併・吸収分割で一定の場合に手続きを簡素化する自治体例があります。候補スキームが固まる前から、指定権者へ事前相談してください。
Q4.本件で従業員や利用者は全員トーカイへ移ったのですか。
A.公表資料からは確認できません。適時開示は対象事業、対価、評価方法などを示していますが、従業員の人数・処遇、利用者契約の移行状況、ケアマネジャーへの案内方法は開示していません。2022年8月1日にトーカイ豊川営業所が開設されたことは公式サイトで確認できますが、個別の移行状況まで推測することはできません。
Q5.この事例は福祉用具M&A総合センターの仲介実績ですか。
A.いいえ。本件は当センターが仲介または助言を行った事例ではありません。上場会社の適時開示、電子公告、当事会社の公式サイト、MARR Onlineなどの公開情報をもとに、福祉用具事業者がM&Aを検討するときの実務を独自に解説しています。当センターの関与を示すものではなく、取引当事者から未公表情報の提供を受けたものでもありません。
参考資料・一次情報
- 株式会社トーカイ「会社分割(簡易吸収分割)による事業の承継に関するお知らせ」2022年6月6日(取引目的、日程、方式、対価、DCF評価、当事会社および対象事業の数値)
- 株式会社トーカイ「吸収分割公告」2022年6月7日(承継対象、効力発生日、分割会社の決算公告)
- 株式会社トーカイ「豊川営業所」(所在地、事業所番号、提供サービス、開設年月日)
- 株式会社トーカイ「2022年トピックス」(2022年8月1日の豊川営業所開設案内)
- 株式会社トーカイ「福祉用具サービスの内容」(同社が現在公表するサービス運用の説明)
- MARR Online「トーカイ<9729>、もみの木から福祉用具貸与・販売事業と住宅改修事業の一部を譲り受け」(調査の起点情報)
- 厚生労働省「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」(福祉用具貸与・販売の人員、運営、計画、衛生管理等)
- 厚生労働省「福祉用具・住宅改修」(福祉用具制度、貸与・販売の選択制、関連通知)
- 厚生労働省「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」(労働契約承継に関する一般的な留意事項)
- 大阪府「変更届提出書類一覧(福祉用具貸与/介護予防福祉用具貸与)」(運営法人変更時の新規申請に関する自治体案内例)
- 東京都福祉局「新規事業者指定手続き・研修について」(吸収合併・吸収分割時の手続きに関する自治体案内例)
確認日:2026年8月4日。公表資料は更新・移動される場合があります。記事中の金額は、特に記載がない限り公表資料の百万円単位を円換算して表記しています。本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件の法務・税務・会計・労務・行政手続きに関する助言ではありません。
情報の位置づけと確認資料
制度や手続は変更される場合があります。公開資料と福祉用具事業の実務論点をもとに編集し、個別案件では法務・税務・労務・行政手続の専門家確認を前提としています。